PDRN(サーモンDNA)の化粧品を調べたら、この分野の最初の第III相試験が「撤回済み」でした
塗るPDRNのヒト試験は、世界に1本だけ
売り場の、あの「サーモン」
PDRN。ポリデオキシリボヌクレオチド。サーモンの白子から取ったDNAの断片です。
去年あたりから、美容液の棚に一気に増えました。韓国コスメの新しい主役で、@cosme には「PDRN美容液19選」のような特集が並び、ランキング記事もいくつも出ています。「人のDNAと95%似ている」という説明を、どこかで読んだかもしれません。
気になっている人は、たぶんこう思っています。「そんなにいいものなら、ちゃんとした研究があるんでしょう?」
その研究を、PubMed で全部開いてきました。結論から書きます。研究はありました。ただし、開いてみたら、この分野の最初の第III相試験は撤回されていました。 そして撤回された理由が、このブログがずっと書いてきたことそのものでした。
結論から言うと
3つです。
1. 塗るPDRNの化粧品を、ヒトでランダム化して調べた試験は、探した範囲で1本だけでした。 31人、28日間。しかも、比較相手はレチノールで、「基剤だけを塗った側」との比較がありません。
2. その1本は「利益相反なし」「資金提供を受けていない」と申告しています。同じ論文に印刷された著者5人の所属のうち、3人は化粧品・バイオ企業2社でした。
3. そして、PDRN注射(リジュラン)の第III相試験は、2016年に撤回されています。撤回の理由は「利益相反の開示が誤っており、資金提供元の記載が誤っていた」でした。
先に、はっきり書いておきます。これは「PDRNは効かない」という話ではありません。 効かないと言えるデータも、この記事は持っていません。書けるのは、「まだ誰も、売り手と無関係な立場で確かめていない」というところまでです。
研究では何がわかっているのか
この分野の出発点は、撤回された論文だった
PDRNが有名になったのは、化粧品より先に、注射です。韓国の「リジュラン(Rejuran)」。皮膚科で打つ、いわゆる肌再生の注射として知られています。
その根拠になったのが、2014年に韓国医科学会誌に載った第III相試験です(参考文献2)。72人の目尻のシワを、片側にリジュラン、反対側にヒアルロン酸フィラーを打って、12週間比べたランダム化二重盲検試験。この分野で最初の、いちばん大きな臨床試験でした。
この論文は、2016年に撤回されています。
撤回通知は、同じ雑誌の2016年2月号に載っています(J Korean Med Sci. 2016;31(2):330、参考文献3)。理由の一文を、そのまま訳します。
「理事会は、この論文が、利益相反の誤った開示と、資金提供元の誤った通知による、瑕疵ある出版であると結論した」
もう少し具体的に言うと、こうです。資金提供元は当初、地域のイノベーションセンターの助成として記載されていました。実際には、そのフィラーを製造している企業の資金でした。そして共著者の1人が、その企業のR&Dセンターに勤務していました。
一方、論文にはこう書かれていました。「全著者は、過去5年間および将来にわたり、本論文の主題と金銭的利害を持つ組織との金銭的関与を持たない」。
その論文の著者所属欄を、PubMedで開いてみました。Kim I、所属: Pharmaresearch Products R&D Center. ——リジュランを作っている会社です。所属欄に、堂々と印刷されています。読者からの指摘を受けて雑誌が調査し、責任著者はこれを認め、論文は取り下げられました。
ついでに言うと、その試験は「差が出ていない」
撤回とは別に、もうひとつ書いておくべきことがあります。その第III相試験の要旨には、こう書いてあります。
「臨床試験では、主要および副次の客観的な有効性評価項目において、2群間に統計学的有意差はなかった」
有意差なし。そして結論の欄では「シワを減らすのに有用でありうる」と書かれています。撤回されるより前の段階で、要旨の中で結果と結論が食い違っていました。
撤回は、1本ではありませんでした
2025年に出た別のRCT(参考文献4、218人)。新しいPCLフィラーとリジュランを比べたものですが、これも2026年3月に撤回されています(RETRACTION: J Cosmet Dermatol. 2026;25(3):e70794)。撤回の理由までは、確認できませんでした。書けるのは「撤回された」という事実だけです。
この論文も「利益相反なし」と申告しています。そして資金提供の欄には、こう書いてあります。「This work was funded by DexLevo, Inc.」 ——比較対象だった新フィラーの、メーカーです。
では、著者に企業の人がいない試験は?
1本ありました。2022年、韓国の大学病院だけで行われたPNフィラーの試験です(参考文献5)。27人の目のまわりに、片側にPNフィラー、反対側にヒアルロン酸フィラーを3回注射しました。著者11人、全員が大学病院の所属。企業の人はいません。
結果です。
見た目の評価(VAS)と、総合的な美容改善スケール(GAIS)の改善に、2群間で有意差はありませんでした。
弾力・水分・肌の粗さ・毛穴の体積では、PN群のほうが改善率が高かったと書かれています。真皮の density(密度)には有意差なし。重篤な有害事象の報告はありませんでした。
企業の人が著者にいない、唯一のヒト試験。そこでは、見た目のスコアに差がつきませんでした。 これが「効かない証拠」だとは言いません。27人です。小さすぎます。
ここからが本題です——「塗るPDRN」の話
ここまでは全部、注射の話です。針で皮膚の中に入れています。
あなたが買おうとしているのは、美容液です。手で塗ります。この2つは、別の話です。 そして売り場では、この2つが混ざっています。
塗るPDRNのヒト試験を、PubMed で探しました。1本ありました。
2026年、PLoS One(参考文献1)。中国の研究です。健康な中国人女性31人(35〜55歳、平均47.5歳)。顔の片側に 0.1% PDRN配合のアイクリーム、反対側に同じ基剤に 0.1% レチノールを入れたアイクリームを、1日2回、28日間塗ってもらいました。ランダム化・二重盲検の左右比較試験です。
結果は、論文の本文にこう書かれています。目尻のシワの面積と本数の減少が、28日目で「およそ −20〜−23%」。レチノール側は「およそ −6〜−7%」。真皮の厚みと密度、目の下のふくらみは「レチノールのおよそ2倍」。
数字を引用しておいて何ですが、この「およそ」は、こちらで丸めたものではありません。論文の本文が「approximately(およそ)」と書いています。 正確な数値と統計の値は、本文の文章からは読み取れませんでした。図を見てください、という書き方になっています。
そして、著者の所属を見ました
この論文の利益相反の欄には、こう書いてあります。
The authors declare no conflicts of interest.(著者らは利益相反がないことを申告する)
資金提供の欄には、こう書いてあります。
The author(s) received no specific funding for this work.(本研究に特定の資金提供は受けていない)
同じ論文の、著者の所属欄です。
- Ye R —— 四川大学華西病院/UNISKIN Research Institute on Skin Aging, Inertia Shanghai Biotechnology Co., Ltd./DermaHealth Shanghai Biotechnology Co., Ltd.
- Du L —— Inertia Shanghai Biotechnology Co., Ltd./DermaHealth Shanghai Biotechnology Co., Ltd.
- Hu F —— Inertia Shanghai Biotechnology Co., Ltd./DermaHealth Shanghai Biotechnology Co., Ltd.
著者5人のうち3人が、化粧品・バイオ企業2社の所属です。隠されていません。同じ論文の、数ページ前に印刷されています。
よく引かれる「塗るPDRN」の研究は、動物実験でした
もう1本、PDRNの外用でよく引用される研究があります(Molecules 2022、参考文献6)。PDRNとビタミンCとナイアシンアミドを混ぜた外用液の研究です。
中身を開きました。UV-Bを当てた動物の実験です。 ヒトではありません。そして送達方法は、手で塗るのではなく、マイクロニードリング(針で皮膚に穴を開けて入れる機器)です。
資金提供元は I'll Global 社。著者の1人が、同社の所属です。利益相反の申告は「なし」。
「利益相反なし」と書いた論文の、著者の所属を見る
| 論文に書かれた申告 | 同じ論文に印刷された所属・資金 | |
|---|---|---|
| リジュランの第III相試験(2014・撤回済み) | 全著者に金銭的関与なし | 著者1名がメーカーのR&Dセンター所属。2016年に撤回 |
| PDRN外用+VC+ナイアシンアミド(2022・動物実験) | 利益相反なし | 資金提供は I'll Global 社。著者1名が同社所属 |
| PCL vs リジュラン(2025・撤回済み) | 利益相反なし | 資金提供は DexLevo 社。2026年に撤回 |
| 塗るPDRNの唯一のヒト試験(2026) | 利益相反なし・資金提供なし | 著者5名中3名が化粧品・バイオ企業2社の所属 |
| PNフィラー vs ヒアルロン酸(2022) | 記載なし | 著者11名全員が大学病院。企業所属者なし |
同じ形が、3回出てきました。2014年(撤回済み)、2022年(動物実験)、2026年(唯一のヒト試験)。10年かけて、同じことが繰り返されています。
念のため書き添えます。企業がお金を出した研究が、それだけで嘘だということはありません。 新しい成分の研究に最初にお金を出すのは、たいてい売る会社です。それ自体は普通のことです。問題は、その事実を「なし」と書いてしまうことのほうです。1本目は、それで撤回されました。
ただし、ここまでは言えません
ここが、このブログでいちばん大事なセクションです。
1. 「PDRNは効かない」とは、言えません。
ヒトのランダム化試験は、実在します。31人・28日間という小ささですが、存在します。「独立した検証がまだ無い」ことと、「効かない」ことは、まったく別です。根拠が弱いことを根拠に、逆方向に断定するのは、同じ間違いです。
2. 「撤回されたから、リジュランに効果がない」とも言えません。
撤回の理由は、利益相反の開示と資金提供元の記載の誤りです。データを捏造したとは、撤回通知に書かれていません。 そこは正確に分けます。ただし「主要評価項目で有意差がなかった」は、その論文自身が要旨に書いていることです。
3. あの「およそ −20〜−23%」を、確定した数字として扱うことはできません。
論文の本文に、正確な数値も統計の値も、文章としては印刷されていないからです。全文はオープンアクセスで誰でも読めます。それでも、本文の文章からは読み取れませんでした。「2倍」「1.8倍」という書き方も同じです。 何と比べて2倍なのかは書かれていますが(レチノール)、その元の数値がわかりません。
4. 安全性については、何も調べていません。
この記事は「効くのか」だけを見ています。「安全か」については、一言も書いていません。 書いていないことを、書いていないと言っておきます。
5. 日本人を対象にした、塗るPDRNのヒト試験は、見つかりませんでした。
確認できたヒト試験の参加者は、中国人女性31人と、韓国人27人・72人・218人です。
日常への生かし方
研究の話は、ここまでです。ここからは提案です。 以下は論文が言っていることではなく、論文を読んだうえでのこのブログの提案です。境目をはっきりさせておきます。
1. すでに買って、気に入って使っているなら、捨てなくていいです。
この記事は、あなたのPDRN美容液が悪いものだと言っていません。「独立した検証がまだ無い」と言っています。 使っていて肌の調子がよく、値段に納得しているなら、それを変える理由は、この研究群からは出てきません。
2. まだ買っていないなら、「注射の話」と「塗る話」が混ざっていないか、広告を見てください。
これが今夜できることです。手元のPDRN美容液のページを開いて、こう探してください。「その根拠は、注射の研究ですか? 塗った研究ですか?」
リジュランの実績、皮膚科で人気、というくだりが出てきたら、それは針で真皮に入れた話です。あなたは手で塗ります。針で入れたものの結果は、手で塗ったときの結果ではありません。
3. 「臨床試験済み」と書いてあったら、3つだけ数えてください。
数字を全部読む必要はありません。人数・期間・比較相手の3つです。
塗るPDRNの、いま存在する唯一のヒト試験は——31人。28日間。比較相手はレチノールで、基剤だけを塗った側との比較はありません。
「基剤だけとの比較がない」の意味を訳しておきます。クリームを塗れば、中身が何であれ、肌はある程度うるおいます。 それと比べていない試験は、「PDRNだから起きたこと」と「クリームを塗ったから起きたこと」を、原理的に分けられません。これは論文を攻撃しているのではなく、その論文にできることの範囲の話です。
4. 期間を区切ってください。28日です。
もし試すなら、買った日をカレンダーに書いて、28日後に判定日を入れてください。 根拠は明快です。世界で唯一のヒト試験が、28日で測っているからです。 それ以上の期間について、誰も何も測っていません。「3か月は続けないと」という説明を見かけたら、その3か月の出典は、少なくともPubMedにはありません。
28日たって、自分で何も感じなければ、やめていい。それが、この研究群から出てくる唯一の判断基準です。
5. 値段の話を、ひとつだけ。
PDRN美容液は、安くありません。そして、この記事で見てきたとおり、塗った場合の根拠は、レチノールと比べたたった1本の試験です。
一方、比較相手として使われたレチノールのほうには、複数の独立したランダム化試験があります(このブログの「レチノールは濃いほうがいいのか」で書きました)。皮肉な話ですが、この試験でPDRNの引き立て役にされた成分のほうが、根拠の数では上です。
だから「レチノールを買え」とも言いません。渡したいのは、こういう目です。 新しい成分ほど、期待は大きく、確かめられた量は少ない。値札は新しさで決まりますが、根拠は年数で貯まります。 その2つは、別々に見ていいものです。
気をつけたいこと
- この記事は有効性の根拠だけを見ました。安全性は評価していません。 安全だとも、危ないとも書いていません。どちらを言うにも、手元にデータがありません。
- 肌に合わないと感じたとき、刺激が出たときは、使用をやめて医師・薬剤師に相談してください。
- 美容医療(注射)を検討している場合は、この記事の内容をそのまま当てはめないでください。医療行為の判断は、担当の医師とどうぞ。
まとめ
- 塗るPDRN化粧品のヒト試験は、探した範囲で1本だけでした。31人・28日間・プラセボ対照なし。その論文は「利益相反なし・資金提供なし」と申告し、著者5人のうち3人が化粧品企業2社の所属です。
- この分野の出発点である注射の第III相試験は、2016年に撤回されています。 理由は「利益相反の開示の誤りと、資金提供元の誤った記載」。同じ構造が、10年かけて3回繰り返されています。
- 「効かない」とは書けません。 書けるのは「まだ誰も、売り手と無関係な立場で確かめていない」まで。今夜できるのは、広告の根拠が「注射」なのか「塗る」なのかを見分けることです。
この記事で、答えを出せなかったこと
2本目の撤回(参考文献4)の理由が、わかりませんでした。
1本目の撤回理由は、雑誌が撤回通知に明記していました。だから書けました。2本目は「撤回された」という事実しか確認できていません。理由が利益相反なのか、データの問題なのか、まったく別のことなのか。わかりません。
同じ成分をめぐって、10年で2本のRCTが撤回されている。この偶然が何を意味するのかは、まだ測れていません。
調べてほしいことがあれば、送ってください。 このブログのネタは、そこから決めています。
参考文献
- Ye R, Wang Q, Du L, Li L, Hu F. Topical medium-length PDRN enhances dermal extracellular matrix repair in photodamaged skin via PI3K-Akt/TGF-β-regulated pathways. PLoS One. 2026;21(7):e0350905.(PMID: 42430369)
- Pak CS, Lee J, Lee H, et al. A phase III, randomized, double-blind, matched-pairs, active-controlled clinical trial and preclinical animal study to compare the durability, efficacy and safety between polynucleotide filler and hyaluronic acid filler in the correction of crow's feet: a new concept of regenerative filler. J Korean Med Sci. 2014;29 Suppl 3(Suppl 3):S201-9.(PMID: 25473210)※2016年に撤回
- Notice of Retraction: Pak CS, et al. A Phase III, Randomized, Double-Blind, Matched-Pairs, Active-Controlled Clinical Trial and Preclinical Animal Study to Compare the Durability, Efficacy and Safety between Polynucleotide Filler and Hyaluronic Acid Filler in the Correction of Crow's Feet: A New Concept of Regenerative Filler. J Korean Med Sci 2014; 29(Suppl 3): S201-S209. J Korean Med Sci. 2016;31(2):330.(PMID: 26839493)
- Choi SY, Koh YG, Yoo KH, Han HS, Seok J, Kim BJ. A Randomized, Participant- and Evaluator-Blinded, Matched-Pair, Prospective Study Comparing the Safety and Efficacy Between Polycaprolactone and Polynucleotide Fillers in the Correction of Crow's Feet. J Cosmet Dermatol. 2025;24(1):e16576.(PMID: 39313949)※2026年に撤回
- Lee YJ, Kim HT, Lee YJ, et al. Comparison of the effects of polynucleotide and hyaluronic acid fillers on periocular rejuvenation: a randomized, double-blind, split-face trial. J Dermatolog Treat. 2022;33(1):254-260.(PMID: 32248707)
- Kim HM, Byun KA, Oh S, et al. A Mixture of Topical Forms of Polydeoxyribonucleotide, Vitamin C, and Niacinamide Attenuated Skin Pigmentation and Increased Skin Elasticity by Modulating Nuclear Factor Erythroid 2-like 2. Molecules. 2022;27(4).(PMID: 35209068)※動物実験
- Havas F, Krispin S, Cohen M, Attia-Vigneau J. Hyaluronic Acid-like Skin Plumping and Radiance Benefits of a Porphyridium Sulfated Exopolysaccharide- and Natural PDRN-Rich Extract. Mar Drugs. 2026;24(3).(PMID: 41892958)
- Nguyen TH, Wang SL, Nguyen VB. Recent advances on polydeoxyribonucleotide extraction and its novel application in cosmeceuticals. Int J Biol Macromol. 2024;282(Pt 3):137051.(PMID: 39486723)